たとえば、天動説がすべてだったころ、
地球は星々の中心だった。
昼は、明るい太陽が、夜は月や星々が地上に光をもたらす。
人類は、その考えのまま、生き続けたとしても
何ら、不自由なく暮らしていくことができたはずだ。
むしろ、地球をすべて支配している自分たちの力を奢り、
傍若無人に生きて続けたことだろう。
だけど、気づいてしまう。
「地球は太陽系という太陽を中心にした宇宙中の一惑星」であること。
太陽は、地球のために輝いているわけではない。
太陽に見捨てられた途端、地球に明日などない。
自分たちの小ささに驚き、謙虚に生きることを覚えた。
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2002年の全日本選手権で、くったくのない笑顔を見せた浅田真央。
誰もが、その才能に、目を奪われ、またあるものは、その将来に恐れをも覚えただろう。
天才の出現は、フィギュア界にとって、非常に喜ばしい出来事だった。
が、その反面、それまで保っていたフィギュアスケートのルールの根底を揺るがす存在になり得ることを予感させた。
案の定、浅田真央はジュニアのタイトルを総なめし、早期にシニアに進出を果たした。
浅田選手が勝ち続け、やがて、バンクーバーの金メダルにも手が届く未来は容易に予測できた。
もし、そのまま、浅田真央が順風満帆にフィギュアスケート競技人生を進み、幸せなタイトルを手にしていたとしたら?
それはそれで、幸せだったと言えるかもしれない。
だけど、バンクーバーに至る道の上に次々と立ちはだかる壁。
それは、浅田選手を執拗に追い回し、浅田選手を苦しめた。
時には深い霧が行く先をも見失わせる。
それでも、浅田選手は前を向き続け、壁を打ち破り、霧を払い、ゴールが見える位置に立ち続けた。
しかし、「宿敵」の出現により、バンクーバーの金メダルは奪われてしまった。
まるで用意周到にシナリオ通りに現れたようなその存在に。
だけど、そのシナリオは、誰が誰のために書いたのだろうか?
浅田選手というライバルを前に、いつも苦汁を飲んでいたキム・ヨナために韓国がそれをしたのか?
フィギュア界は、一人のヒロインを生み出すために動いたのか?
どれだけ国力があってしても、本来、平等であるはずのルールをここまで歪めてしまったのは、
本当にキム・ヨナの五輪金メダル獲得のためなのだろうか?
もし、そうであるのなら、キム・ヨナが、アマチュア界を引退したら、すべては終わるのか?
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見方を変えよう。
僕は、もう一つシナリオを考えることにした。
先のシナリオが「天動説」としたら、これは「地動説」だ。
しかし、これはあくまで、僕の考えだ。だから、真実のすべてではない。
浅田真央という天才が、フィギュアスケート界にあらわれた。
是が非でも、この天才を育て上げなければならない。
しかし、現存のルール範囲では、浅田選手はすぐに飽き足りなくなる。
現状に満足してしまった選手は、それ以上伸びない。
人間は自分に奢り、傲慢になってしまったら、たちまち自らの可能性を殺してしまう生き物だ。
浅田選手をさらに進化させるためには、浅田選手に「課題」を与える必要がある。
「課題」を一つクリアしたら、次の課題、また次の課題。
浅田選手を休ませてはいけない。
浅田選手はそこそこの課題をすぐにクリアして進化してくる。まだ何か足りない。
そこで持ち上がったのが、永遠のライバル「キム・ヨナ」
キム・ヨナには気の毒だが、この際、思いっきり悪役をやってもらおう。
案の定、「キム・ヨナ」の存在は浅田選手にとって、もっとも手痛く大きな黒い壁になった。
一見、キム・ヨナの有利のために、変えられ曲げられていくルールは、
他でもない、浅田選手の進化のために、用意された仕掛け。
キム・ヨナと韓国サイドは、この仕掛けを、さも自国有利に敷かれた有難い道と思うだろう。
勘違いをそれとも気付かず、こちらの思惑以上に汚い手段を酷使して、浅田選手を極限まで追いつめてくれた。
稀有な才能の持ち主、浅田真央を真の王者に仕上げるためには、悪魔を使うのも時には必要。
五輪金メダルという、タイトルを最高得点で手に入れたキム・ヨナは
その達成感で満足し、汚い疑惑とともにフィギュアスケート界から、姿を消してくれる。
スピードスケートででも、反則ギリギリのえぐい勝ち方で、国際スケート連盟の問題児。
フィギュアにまでこれ以上、深入りしてほしくはない。
韓国をフィギュア界から、追放するには、最高のタイトル「金メダル」の授与が一番効果的なのだ。
「花を持たせる」ことの究極の目標は、「二度と戻ってくるな」なのである。
さて、一連のシナリオで、浅田選手はどのように成長しただろうか。
苦しみ、もがいたこともあった。悔し涙の止まらないこともあった。
だけど、どんな困難でも乗り越えてきた。
いつだって、マイナスの要素を、すべてプラスに変えて、自分を育てる肥やしとした。
さぞかし、こちらの酷い仕打ちを恨んだことだろう。
だけど、浅田真央は輝き続けた。こちらの想像以上に強く、たくましくなった。
そして、自らの力を冷静に判断し、結果に奢ることなく、謙虚な姿を見せ続けた。
五輪のキム・ヨナ採点に、多くの批判が起こり、人々はフィギュアのルールを深く知った。
フィギュアを勉強した者たちの大半が「真の勝利者は浅田選手だ」と口をそろえる。
我々も、また、同じ言葉を胸にしまっている。
「真の勝者は、類まれなる才能の持ち主、浅田真央である」と。
今後もまた、次々と難題が浅田選手の上に降りかかるだろう。
第二第三の「キム・ヨナ」も、その出番を待ち構えていることだろう。
だけど、信じていい。
次のソチ五輪のメダルの色が、もし違う色であったとしても
浅田真央は、歴史に残るフィギュアスケーターであることを。
その謙虚な生き方に、後世の新しいスケーターたちは、目を輝かすことになることを。
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いかがでしょう?
この説の主語に当たる「こちら」「我々」が何に当たるか?
その問いに、答えを持ちません。
だけど、僕はこんな風に考える方が、ずっと素敵だと思うのです。
浅田選手自身が、前を見て進んでいる限り、
僕たち傍観者が、過去に悲観し、彼女を「悲劇のヒロイン」だと思う必要はないということなんです。
もうすぐ、エリック・ボンパール杯。
浅田選手の顔に明るい笑顔が戻ってくることを願います。
[3回]
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この記事へのコメント
Re:淺田真央は悲劇のヒロインではない
初コメント失礼します。
私は特定の選手のファンではありませんが、浅田選手のスケートに向かう姿勢は応援せずにはいられません。
物事は何でも受けとめ方&考え方で、自分に起こることを丸ごと糧に出来る人が自身の目標を達成出来ると思っています。
浅田選手は正にこのタイプ。
今週末は目先の数字に囚われることなく、フランスから浅田選手の笑顔が届くのを楽しみに過ごしたいと思います。
いい栄養に
コメントありがとうございます。
佳菜子ちゃんのことですか?
ライバルが増えるのもまた、
いい栄養になる気がします。
どちらも応援したいですね。
その通りだと思います。
コメントありがとうございます。
その通りだと思います。
受け止め方によって
マイナスにもプラスにも変えることができる。
その力を浅田選手は持っていると思います。
浅田選手は、僕たちがあれこれ考えてる内に、
ずっと先を目指して歩き始めているのですから。
無題
1人の日本人とは、あきさんのことです。
私もそうです。ブログ村の多くの人がそうだと思います。真央さんのスケートに影響を受けて、多くの人が自分の考えを発信しているようです。
私も、コメントするなんて考えもしませんでした。
でも、あきさんが思われたように、後に続くスケーター達にも当てはまりますね。
僕ですか?
いつもコメントありがとうございます。
僕ですか?
そうですね。浅田選手をはじめて知ってから、
フィギュアスケートの虜になってしまって、
必死でフィギュアのルールを研究したものです。
フィギュアファンが増えることが、選手にとってプラスなのかマイナスなのか、考えることもありますが、少なくとも、がんばる選手を応援する人が増えていることは確かですよね。
GPシリーズ最終戦。
またがんばって応援しましょう。